社員紹介

すべての経験を力に変える。 大手営業 2008年 入社 勝沢 賢一

プロ野球選手を目指し、野球の独立リーグに挑戦した経験を持つ勝沢。3年間の挑戦を経て、セカンドキャリアとして選んだサイボウズで、自身の経験を生かして活躍しています。

突然訪れたラストチャンス

小2から野球少年だった私が「プロになりたい」と本気で思ったのは、大学時代に四国アイランドリーグのトライアウトを受験する直前でした。むしろトライアウトに合格してからと言ったほうが正しいかもしれません。高校野球の甲子園や大学野球の明治神宮大会など大舞台とは無縁のところで野球をしてきた自分でも実力ひとつでプロ野球選手になれるかもしれないラストチャンスに夢を膨らませていました。

トライアウトに合格し、リーグに参加するところまでは順調でしたが、選手100人ほどのうち私は実力的に下位のほうにいました。ただ、リーグスタート前の合同キャンプ中にケガをした人やシーズン前半で見込みがないと判断された人が続々と解雇される中、途中で契約を切られることもなく、少しずつでも成長している実感があり、年々満足のいくプレーができるようになっていったのを覚えています。

ただ、人並みに成長したところで、プロ野球のドラフトにかかることはそんなに簡単ではありません。総合力で不足していることは明らかでしたので、ピッチャーだった私はとにかく球速で抜きん出ることが必要だと感じ、150キロを目指しました。150キロが投げられるピッチャーは野球の競技人口の0.01%もいないので、投げられるだけでプロからも注目されるからです。

結果、3年間やって150キロに到達することができず、プロから注目されることもなかったので、これ以上続けてもプロにかかることはないと判断し、野球の道を断念することにしました。3年目のシーズンにはこの1年が最後と決めていたので、休学していた大学にも復学の手続きをし、大学卒業と就職を見据えて野球をしていました。

3年間の遅れと変化

リーグ退団と同時に本格的に就職活動を始めました。もちろん就活サイトにも登録していましたが、使えるコネクションは何でも使おうというスタンスで、高校・大学の野球部のOBに話を聞いたり、さらには先に就職している後輩にも電話で話を聞いたりして、たくさんの企業を見て回りました。

この辺りも自分の中の変化だったと思います。大学からそのまま就職していたら、まわりの多くの友人がそうであったように、自分も大企業志向、ブランド志向に流れていたと思います。同期よりも遅れを取ったことで、偏見もプライドも捨てて、素直に広く話を聞けるようになっていました。

サイボウズはアイランドリーグのスポンサー企業として公式球に社名が入っていたので、自然とその存在は頭にありました。さらに、最近耳にすることの多いプロスポーツ選手の「セカンドキャリア支援」にいち早く取り組んでおり、リーグ時代の先輩が1年前にサイボウズに入社していたので、就活中その先輩に連絡を取り、面接の機会をもらうことができました。

面接当日のことは今でもはっきりと覚えています。私の特殊な経歴を、他社では否定的に見られがちでしたが、サイボウズではむしろ好意的に受け止めてくれる印象がありました。一方で、「『ここで絶対に成功する』という強い気持ちがないと、また逃げてしまうかもしれないよ」とダメ出しもいただきました。内定は面接終了後、すぐにもらいました。そのスピード感に感動しましたね。「君が覚悟を決めるならうちはウェルカムだ」と言われ、私自身も入社を即決しました。

ファーストキャリアからセカンドキャリアへ

サイボウズに入社してからは、優秀な先輩や同期に囲まれましたが、不思議なことにアイランドリーグに参加したときのような劣等感は感じませんでした。(実際はパソコンもろくに使えませんでしたが)3年、4年の遅れは長い人生からすればたいしたことはなく、自分はまわりとは違う、かけがえのない経験をしてきたという思いがあったからです。

また、スポーツのように試合に出られる人数枠が決められていて、失敗すればどんどんチャンスが遠のく世界から、失敗してもどんどんチャンスを与えてもらえる環境で、ポジションを争うのではなく、先輩や同期といったチームメートが自分を支えてくれることに喜びや安心感を覚えました。

もし今後驚くような異動を命じられたとしても、私は会社の判断に100%委ねるつもりでいます。今まで営業→人事→営業と渡り歩いてきましたが、どの仕事も充実感ややりがいがあって、貴重な経験をたくさん積ませてもらいました。サイボウズという会社を心から信頼していますし、何より、自分はどんな環境にも適応できるという自負があります。

今このページを訪れてくださっている方の中には、ご自身の夢と年齢を天秤にかけて、今後のキャリアに頭を悩ませている方が多いと思います。私からアドバイスできることがあるとすれば、次のスタートを切るためには最初の終わりを決めることが非常に重要だということです。

私がファーストキャリアである野球を辞めようと思ったのは、ダルビッシュ投手が出てきたからです。これは半分冗談ですが、半分本気です。彼がプロ野球デビューしたのは私がアイランドリーグに挑戦した2005年。高卒から3年で、彼は瞬く間に日本一のピッチャーになってしまいました。同じく3年で私もそれなりに成長したつもりですが、同時に3つ歳を取ってしまいました。当時私は26歳。成長した分よりも、年齢を重ねることでチャンスを狭めてしまう可能性がある。そして、次から次へと若いプレイヤーが出てくる。プロスポーツとはそういう世界だと思います。私はその世界での競争に勝つだけの力も覚悟もありませんでした。

一方、ビジネスの世界は違うと思っています。自分の努力や考え方次第で年々確実に成長していけますし、経験が財産になっていきます。社会人になってからの経験を含め、過去に自身が積み重ねてきた経験の中にムダなものは一切ありません。ファーストキャリアと同じかそれ以上の情熱を傾けることができれば、過去の経験は素晴らしい財産になるでしょう。一緒にサイボウズでの仕事に情熱を注げる皆さんのエントリーをお待ちしています。

勝沢 賢一

大学時代にプロ野球選手を目指し、四国アイランドリーグに参加。2008年に新卒でサイボウズ入社。営業と人事でキャリアを積んだのち、現在は公共機関向けの営業担当として活躍。サイボウズの野球部・サイボウズ009の監督としても活躍している。