老舗企業とIT

経営者に訊く 蟹瀬誠一氏対談

2014.12.26

酒造りの本質を変えなかったからこそ
500年以上ブランドを守ることができた

ゲスト:剣菱酒造株式会社 代表取締役社長 白樫達也氏

白樫達也 × 蟹瀬誠一

創業から何年間続いた企業を「老舗」と呼ぶのか、その定義は明確ではない。しかし、創業100年以上続く会社を老舗企業とすると、わが国には10万社を超える企業が存在する。そんな“老舗大国”ともいうべき日本だが、さすがに創業500年以上の企業となると、その数はそう多くはない。今回ご登場いただくのは、室町時代の1505年創業という剣菱酒造である。時代を超えて生き続ける「老舗の底力」とは、果たしてどのようなものなのか?社長と専務のお2人に話を伺った。

ブランドを守る自負心と使命感があれば造り手が勝手に酒の味を変えることはできない

蟹瀬:剣菱という日本酒の名前は昔から全国的に有名ですが、聞けば500年を超える歴史があるそうですね。

白樫:室町時代の永正2年(1505)頃の資料に「剣菱」という酒の名前が登場するという記録があり、少なくともそれ以前には剣菱というブランドが存在していたことになります。創業家は稲寺屋といい、伊丹で酒造を始めたようです。そして、ここから江戸時代までが剣菱の第一期で、その後、寛保3年(1743)に津国屋が剣菱を継承した第二期、明治6年(1873)に稲野屋が継承した第三期、明治42年(1909)に池上家が継承した第四期と続き、昭和3年(1928)に当家の初代となる先々代の社長白樫政雄が剣菱の名前を継承しました。

蟹瀬:ということは、創業から5つの時代にわたって異なる一家が剣菱というブランドを受け継いできたということですか?

白樫:そうです。500年という長い歴史のなかで、五家がバトンを受け継きながら剣菱という酒を守り続けてきました。

蟹瀬:しかし、酒の造り手が変わることで、酒の造り方にも少なからず影響が出たりするような気もしますが。

白樫:江戸時代末期に書かれた『守貞謾稿(後の『近世風俗史』)』という書のなかに、剣菱の商標、つまりロゴとともに「古今第一トス」という言葉が記されています。これは「昔も今もいちばんよい酒である」という意味で、その“今”を受け継いでいくことこそが、剣菱というブランドの自負心であり、原点です。歴史のある銘柄を守るという使命感は、たとえ経営する一家や時代が変わっても変わることはありません。

東灘区御影本町にある剣菱本社の周辺には、菊正宗や白鶴など多くの酒造メーカーが軒を並べている

蟹瀬:江戸時代からの酒造の技術を代々受け継ぐというのは、私たちが想像する以上に大変なことだと思いますが、いわゆる酒の味というものは伝承することができるのですか?

白樫:ご存じのように、日本酒を造るのは杜氏を中心とした蔵人と呼ばれる職人たちですから、たとえ経営する人間が変わっても、職人が変わらなければ酒造りの本質は変わりません。むしろ、酒を造る材料や造り、道具、そして酒を売る姿勢というものは、“変えてはならない”重要な要素なのです。

蟹瀬:それは、あえて変えないということですか?

白樫:そうです。私たちがお客さまからいただくお酒の代金には、「このお酒がおいしいから、これからも同じ酒を造り続けてください」という願いが込められているというのが、私たちの考え方です。だから剣菱の味は造り手とお客さまによって守り続けられてきたものであり、造り手が勝手に変えてはいけないのです。

流行に合わせて時計を速めなかったからこそ数々の試練を乗り越えることができた

蟹瀬:そうは言っても、現実には中小企業を取り巻く社会的な状況や経済事情は、ここ数年厳しさを増しています。ただでさえ少子高齢化による人口減少が進んでいるのに加え、最近の若い人はお酒をあまり飲まなくなっているという話も聞きます。

白樫:確かに日本酒業界にとって、厳しい状況があるのは事実ですが、これは何も今に始まったことではありません。これまでも数々の試練があり、それを乗り越えてきたからこそ現在があるわけです。例えば、戦時中の物不足で酒を造る米を調達するのが困難な時期があり、昭和16年から24年までは「剣菱」の名前を使って酒を造っていませんでした。でも、戦後になってから復活した剣菱という酒を、ファンはずっと待っていてくれました。そういった信頼感を保てるのも、剣菱の味を変えないという基本姿勢があってのことだと思います。

蟹瀬:東京赤坂に本社のある和菓子メーカーの虎屋は、剣菱と同じく1500年頃に創業した老舗ですが、以前虎屋の黒川社長にお話をうかがったときに、羊羹の甘さなどをその時代の味覚の流行に合わせて微妙に変化させていると知って、驚いたことがあります。つまり、伝統を守るということと、時代に合わせて変化していくということの両方を、虎屋のような老舗が行っているわけです。こうした柔軟な姿勢こそが、長く生き残っていくための秘密のような気がするのですが。

3代目社長の達也氏と次期社長となる政孝氏。政孝氏は1977年生まれという若き経営者だ

白樫:和菓子と酒造との違いもあると思います。先代社長である白樫政一が、「止まった時計のままでいる」という教えを遺しているのですが、私たちが剣菱を造るうえで心がけていることの基本は、この一点です。先ほど申し上げた「変えてはならない」にも通じますが、そのときどきの流行に合わせようとして時計のスピードを速めてしまうと、時計は二度と正しい時間を指さなくなってしまう。しかし、止まったままならば、一日に二度は時計が必ず正しい時間を指すということです。

蟹瀬:なるほど、とても含蓄のある言葉ですね。ところで、隣にいらっしゃる専務は将来、白樫家の4代目として剣菱を継ぐことになるわけですが、そのあたりについてはどうお考えですか。

白樫専務:お客さまあっての剣菱ですから、ファンの方々が戸惑うような酒を造ることはできません。世間的には大吟醸がどうしたとか、特別純米がどうしたと言われていますが、剣菱の酒造りは止まった時計のままでいていいし、変える必要がありません。まず私たちが大事にしなければならないのは、剣菱を愛してくださるお客さまなのです。

蟹瀬:しかし、とくに若者の日本酒離れが進んでいるという声もありますが?

本社横にある内蔵にて。剣菱の酒造りは、晩秋から仕込みを始めて春先から秋まで寝かせる伝統的な「寒造り」で行われる

白樫専務:誤解して欲しくないのは、私が「変える必要がない」と考えているのは酒の味についてであって、それ以外の部分についてはもっと柔軟に変えていく必要があると思います。例えば、デザインを担当する社員を採用して、そのまま燗をつけることもできる「黒松剣菱」という酒の180ミリリットルのボトルをつくりました。若い人でも手を伸ばしたくなるようなおしゃれなデザインのボトルで、平成20年度のグッドデザイン賞を受賞しました。他にも、若い人が集まるイベントなどに積極的に参加して、実際に剣菱を試飲していただく機会を増やす活動も行っています。今後は若者が数多く集まる夏フェスなどの音楽イベントにも出ていって、いろいろなことを仕掛けていきたいですね。

職人の高齢化に後継者不足 取り組むべき課題は山積している

蟹瀬さんも剣菱を試飲。「どっしりとして濃厚な味わいだね」と盃を干した

蟹瀬:最近は日本酒がフレンチなどの洋食にも合うということで、海外での日本酒に対する評価も高まっていますね。

白樫専務:当社でも主にフランスとアメリカが中心ですが、海外展開も視野に入れて試飲会やレストラン回りなども始めています。先日はフランス初の日本酒専門書と、エールフランスの機内誌でも剣菱を取り上げていただきました。

蟹瀬:世界的に日本のカルチャーや食文化に対する関心が高まっていますから、国内の市場が縮小状態になっていくことが予想される以上、伝統的な製造業ももっと積極的に市場を海外に求めていく必要があるでしょうね。そのためにも、まずは日本酒の存在を知ってもらうための活動がますます重要になっていくと思います。老舗に限らず、発想を切り替えて次のステップに進めない企業は、どんどん取り残されていく可能性が高いでしょう。

白樫:ただ、幅広い展開を仕掛けていきたいという想いとは裏腹に、日本酒業界が直面しているのが、職人の高齢化と後継者不足という問題です。酒造りには数多くの工程や道具がありますが、それぞれにおいて職人の経験と感覚に頼らざるを得ない部分が大きい。酒造に関するデータの大部分を数値化している酒蔵もありますが、昔からの伝統の酒造りと味を守っている剣菱では、そこを人間が担っています。いかにして後継者を育てていくかというのが、すでにとても重要な課題になっています。

蟹瀬:何か具体的に対策を講じているのですか?

お祝い用の菰樽(こもだる)を造る技術も、受け継ぐ職人がいなくなれば消えてしまうことになる

白樫:ベテランの職人を社員としてスカウトして、若手の社員にその技を教えて育ててもらうという取り組みを始めています。酒造りに使う道具のひとつに、吉野杉で造った暖気樽(だきだる)というものがあるのですが、これを造れる職人はとても少ない。しかし、当社の酒造りには絶対に欠かせないものであり、他のもので置き換えるはできませんから、キャリア40年の職人に若手が弟子入りして、その技術を習得してもらっている最中です。

蟹瀬:たとえ時間はかかったとしても、技術を継承するためにはいちばんの近道かもしれませんね。

白樫専務:繰り返しになりますが、酒の味を変えずに守り続けることが剣菱の使命です。酒の製造に関しては職人の育成を進めながら、酒造を支える周辺の業務については、システム化できる部分はITの力をうまく活用して簡素化していきたいですね。

蟹瀬:2013年に自社のホームページも始められたそうですね。拝見しましたが、剣菱の歴史や酒造りのことがとてもわかりやすくまとまっていると感じました。

白樫専務:ありがとうございます。社長からは4〜5年前に「そろそろ独自のホームページが必要な時期にきているのでは」という話があったのですが、当社には新しい商品があるわけでもないので、何を伝えればいいのかわかりませんでした。そこで、先ほどのボトルのデザインを担当した社員とも相談して、剣菱という酒のアーカイブ的なものにしようということになりました。過去のさまざまな文献や歌舞伎、浮世絵、マンガといった作品に登場する剣菱の歴史やエピソードをはじめ、酒造りにかける想いや姿勢を伝えられればということで、2013年にようやく立ち上げることができました。Facebookともリンクさせながら、多くの人と情報の共有に活用し始めています。

蟹瀬:サイボウズのグループウェアもお使いだそうですね。

白樫専務:まだ十分使いこなしているとは言いませんが、「サイボウズ Office」を導入してからは業務の効率化もかなり進みつつあると思います。

蟹瀬:やはりこれからはITの力をいかにうまく活用できるかがビジネスのひとつのカギになるのは間違いありません。そういう意味でも、剣菱という老舗を発展させていくために専務は頑張らなければなりませんね。期待しています。

企業プロフィール

剣菱酒造株式会社

社名:剣菱酒造株式会社
所在地:兵庫県神戸市東灘区御影本町3丁目12-5
URL:http://www.kenbishi.co.jp/
創業年:1505年(永正2年)以前
業務内容:酒造業

白樫達也氏
白樫達也氏 プロフィール
しらかしたつや/昭和21年5月京都市生まれ。甲南大学経営学部卒業。(株)島津製作所を経て、昭和52年7月剣菱酒造(株)に入社。平成6年7月現職に就任する。日本酒造組合中央会副会長を務める。

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