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働き方改革。聞こえはいいが、今の姿は正解か?

プレミアムフライデーを導入したのはいいものの、仕事は時間通りに終わらない。会社を出て、緊急避難的に飛び込んだカフェには、自分と同じように仕事の続きをしようとPCを開く同僚たちの姿が……。

「働き方改革と言えば聞こえはいいけれど、この姿は正解と言えるんだろうか」

株式会社アンツの後藤さんは悩んでいました。働き方改革って何だろう? 何のためにやるんだろう?

そんなときに思い出したのが、1人ひとりが自分にあった働き方を選ぶことができる「選択型人事制度」や、サイボウズでの仕事を複業とする人を募集する「複業採用」など、斬新な制度を次々と打ち出して働き方改革の先陣を切るサイボウズ。モヤモヤした気持ちを晴らせないまま、後藤さんはサイボウズ社長の青野慶久にアポイントを取ったのでした。

「サイボウズで長く働かなくてもいいよ」と社長が言う理由

後藤 青野さん、今日はありがとうございます……。

青野 いえいえ。後藤さん、なんだかお疲れの様子ですね。

後藤 ははは……。分かりますか? 実はアンツでも「働き方改革を進めよう」という気運が高まってきていまして。いや、それはいいんですけど、やればやるほど疲弊しちゃう感じなんですよね。

青野 そうなんですか?

後藤 「ウチもプレミアムフライデー導入だ!」と上は息巻いているんですけど、ただでさえ忙しい金曜日の15時に仕事を切り上げるなんて無理があるんですよ。結局、現場の人間は会社を出ても仕事に追われていて。

青野 なるほど。

後藤 まあでも、長時間労働を是正しなきゃいけないとか、働き方改革の必要性はなんとなく感じているんですけどね。

青野 それで、プレミアムフライデーを導入したわけですね。

後藤 はい。サイボウズは以前から働き方改革を進めていて、それがうまくいっているというイメージがあって。だから今日は青野さんに、その秘訣を教えてほしいと思っているんです。

青野 分かりました。

後藤 そもそもサイボウズは、なぜ働き方改革を始めたんですか?

青野 きっかけは「離職率が高かった」ことです。

2006年頃は、社員数が100人にも満たない中で毎週のように送別会をやっていたんですよ。会社の雰囲気も悪かったですし。すると、次は誰が辞めるんだ? 俺はまだ辞めなくてもいいのか? みたいな空気が漂うんですよね。

後藤 サイボウズにそんな時代があったんですね……。

青野 これは何かしらの問題があるんだろうな、と思いました。それでみんなの希望を聞き、1つひとつ形にしていきました。

後藤 「辞めてほしくない」というのが一番にあったと。

青野 はい。新しい人を採用したり教育したりするのは大変ですから、当初は「長く働ける会社にしよう」というのをキーワードにしていました。今はもう取り下げちゃいましたけどね。

後藤 取り下げちゃったんですか?

「辞めていくのも1つの選択肢だよね」「いろいろな人がいるんだから多様性を重んじようよ」という考えに変わってきたんです。

青野 今は「長く働かなくてもいいよ」と言い始めています。

後藤 それはまたどうして?

青野 「辞めていくのも1つの選択肢だよね」「いろいろな人がいるんだから多様性を重んじようよ」という考えに変わってきたんです。

後藤 「みんな、長く働こうね」と言ってしまうと、多様性を否定することになるということですか?

青野 そうそう、そうなんです。

多様性を重んじるということは、ある意味では強制することを最小限にしなきゃいけないわけですよね。たとえば「朝9時に出社しよう」と言ってしまうと、「もっと遅くに出社したいなぁ」「在宅で働きたいなぁ」と思っている人のことを尊重できない。

働く期間についても同じです。「私はサイボウズで3年だけ働きたい」という人もいるでしょうから。

良かれと思って「社内の保育園を作ろう」と言ったら却下された

後藤 昔はそういう考え方ではなかったんですよね?

青野 はい。昔は長時間労働が当たり前で、在宅勤務なんてできなかったし、複業も禁止していました。

後藤 いわゆる普通の企業という感じで……。

青野 むしろ、ブラックなIT企業ですよね(笑)。「ITベンチャーなんてどこもこうだろう」と思っていました。生きるか死ぬか、ギリギリのところで働くのがITベンチャーだ! と。

後藤 はぁ……。だからどんどん人が辞めていったんですね。

青野 はい。でもこれでは新しい商品を出せないし、新しい事業なんて作りようがない。だから変わっていく必要がありました。

後藤 どんなことから始めたんですか?

青野 まずはみんなに「働き方に何か問題を感じていたら言ってほしい」とお願いしました。最初は勤務時間に関する話が多かったですね。

「残業なしにしたい」「短時間勤務をしたい」、あるいは「週3日、週4日で働きたい」といった声です。なので、自分で選べるように「選択型人事制度」を導入しました。

後藤 青野さんが社長として旗を振るのではなく、みなさんから出てくる声を形にしていったんですね。

青野 私が提案することは大体却下されるんですよ(笑)。

たとえば「社内に保育園を作ろう」と考えたことがありました。待機児童問題が深刻で、出産してもなかなか保育園に入れられないと社内でも聞いていたからです。

「それならオフィスの中に保育園を作ろう」と。当然みんなからは「素晴らしい! ありがとう!」と言われると思っていたんですが、実際は「……アホですか?」みたいな反応で(笑)。

後藤 えぇっ。とても良い取り組みだと思いますが。

青野 社員たちに「青野さん、自宅から都心のオフィスに子どもを連れてくる大変さを想像してみてください」と言われ、「あ、言われてみればたしかにそうだな」と思いました。

後藤 良かれと思って言ったのに批判されるという。

青野 批判というよりは、意見を言ってくる感じですね。サイボウズでは「公明正大に議論する」ことを重んじています。みんなそれぞれ事情が違いますから、モヤモヤしたり、分からないことがあったりした場合は、包み隠さずに言える文化が大切だと思いますね。

アリとキリギリスだって、全然違うでしょう? キリギリスには「俺たちはアリと違って冬になったら死んじゃうんだよ!」「ボーナスは夏にもらえないと意味がないんだよ!」と主張してもらわないと、アリさんには分からない。この件はその後も議論が続いていて、今では子連れ出勤を制度化したり、ベビーシッター代の補助を実験的に取り入れたりしています。

後藤 たしかに、ちゃんと自分がどうしたいか主張することが大切ですね。

みんなそれぞれ事情が違いますから、モヤモヤしたり、分からないことがあったりした場合は、包み隠さずに言える文化が大切だと思いますね。

会社のビジョンを追いかけるために飲むコーヒー代は会社負担

後藤 みなさんから出てきた意見を聞いて、特に驚いた内容はありましたか?

青野 特に印象に残っているのは「コーヒー代補助制度」ですね。

営業のメンバーから「コーヒー代を補助してほしい」という意見が出ました。最初は意味が分からなかったんです。「なんで君が飲んだコーヒーのお金を会社が出さなきゃいけないの?」って。

後藤 お客さんとの打ち合わせとは別に、ということですか?

青野 そうです。たとえば出張時の空き時間などに、喫茶店でコーヒーを飲んだときのお金を出してほしいと。「そんなの自分で出そうよ」と思いました(笑)。だって、社内で仕事をしているメンバーは自分のお金でドリンクを買っているんですよ。

後藤 普通はそうなりますよね。

青野 ところがその提案者は一枚上手で。「空き時間にも会社のビジョンを考えて、どう実現していくか計画しているんですよ。そのための投資です!」と。「いいこと言うなぁ~」と思っちゃいました(笑)。

後藤 ビジョン実現のための投資、ですか。

青野 はい。サイボウズには、良いグループウェアを提供して「チームワークあふれる社会を創る」というビジョンがあります。それに沿った活動なら、この組織にとってはイエス。ビジョンに沿わないものは、どんなに良いことを言っていても組織でやるべきことではない。

会社としても、「すべての制度はビジョンに沿って設計されるべき」と考えているんです。

後藤 なるほど。

青野 「コーヒー代補助」を提案した人は「これはビジョンに沿ったものである」と主張していたわけですね。「自分は空き時間にもグループウェアを広めるために頑張るんだ」と。

後藤 ……ちなみにその提案は採用されたんですか?

青野 採用されちゃったんです(笑)。

後藤 おぉ(笑)。でも、「すべての制度はビジョンに沿って設計されるべき」というのは分かりやすいですね。

青野 サイボウズは多様性を重んじているので、社員それぞれが、自由にやりたいように働いてほしいんです。そうすると、会社には「絶対に強制しなきゃいけないもの」だけが残ります。それがビジョンや理念だと思っています。

多くの日本の大企業は、ここがとてもゆるい。この状態だと、多様性を重んじた結果バラバラになってしまう。社員が離れていってしまうんです。

後藤 ううむ。

青野 みんなを束ねる軸がビジョンや理念。これからの時代はそれを強く持っておかないとダメだと思います。

サイボウズは多様性を重んじているので、社員それぞれが、自由にやりたいように働いてほしいんです。そうすると、会社には「絶対に強制しなきゃいけないもの」だけが残ります。それがビジョンや理念だと思っています。

強制する「画一性」ではなく、
自分で選べる「多様性」を

青野 在宅勤務を「会社に出社しなくてもいい制度」と表現するのか、「出社できないときでも働ける制度」と表現するのか。この言い方の差も大きいです。

サイボウズは後者。「会社に行きづらい日があったとしても、自宅でビジョンに貢献してください」と言っています。「出社しなくてもいい制度」と表現してしまうと、そこにはビジョンが存在し得なくなってしまうじゃないですか。

後藤 たしかにそうですね。

青野 「あなたが楽をしたいというのは組織のビジョンではなく、あなたのビジョンでしょ?」という話になるので。

後藤 そんな思いを社員のみなさんに語りながら制度を作ってきたんですね。

青野 はい。ビジョンに基づき、多様性をキーワードにして、「自分で選ぼうね」というメッセージを発信し続けています。

後藤 ウチではプレミアムフライデーを全員に強制していますが、そもそも強制しているのがおかしいんでしょうか……。

青野 長時間働いている人に「短時間労働に切り替えてみたらどうなるか」を体感してもらうという意味では効果があると思いますよ。ただ、「画一性から多様性へ」という進化には至っていないですよね。

多様性を考えるなら、プレミアムマンデーからプレミアムフライデーまでを用意して、好きに選んでもらえるようにしなければいけない。

後藤 「画一性から多様性への進化」ですか。なるほど……。

青野 みんな、事情は違うんですよ。画一性をいかに排除できるか。そのチャレンジが大切なんだと思います。

海外出張する奥さんに「俺に任せておいて」と言える?

後藤 サイボウズには「最長6年間の育児・介護休暇制度」や「子連れ出社」など、家族との時間を応援する制度がありますよね?

青野さんも育児休暇制度を活用していますが、ご自身の体験も会社の働き方改革に影響しているんですか?

青野 そうですね。私の場合は2010年に長男が生まれ、2年後に次男が生まれ、さらに3年後に長女が生まれ……という中で育児休暇制度を活用しました。

後藤 最初に育児休暇を取ったときはどんなスタイルで?

青野 2週間、夏休みのような感覚で取りました。子どもを連れて旅行に行って、今考えれば呑気なものでしたね。その2週間が過ぎれば、また妻に子育ての最前線を任せて仕事に集中していました。

2人目の子どもは生まれつき身体が弱く、しょっちゅう病院に行かなければならなかったんです。妻の疲労もかなり溜まってきていました。「この状況がいつまでも続くとまずいぞ」と思ったので、子育てと家事の時間を増やせるよう、毎週水曜日を休みにするというスタイルに変えました。

後藤 仕事ができなくなるストレスはありませんでしたか?

青野 う〜ん、なかったといえば嘘になりますよね。

子どもが2人のときはまだ、気合いと根性で睡眠時間を削れば何とか仕事に向き合う時間を取れたんです。でも3人目が生まれてからは、もう無理でした。子育てに割く時間が増えれば、当然会社にいられる時間はどんどん減っていきます。だから自分の仕事を棚卸ししながら、「本当に自分にしかできないことだろうか」「余計な仕事を抱えていないだろうか」と見直しました。

後藤 青野さんのように、女性が向き合っている子育てや家事の苦労を男性がシェアできないと、女性が社会で活躍するための時間を作るのも難しいですよね。

青野 そうなんですよ。たとえば女性が2泊3日で海外に出張しようと思っても、子育てや家事のできない男性が夫だったら行けないですよね。そこで「大丈夫だよ、俺に任せておいて」と言ってもらえれば思いきり仕事に集中して、経験・スキルを積めるわけで。

後藤 確かに……。

ウチの社長が、あ、女王アリさまなんですけど。その社長が「女性をただ役職に付ければいいと思っているバカが多いのよ」なんて言っていましたが、何となく意味が分かるような気がしてきました。

「会社が楽しい」で1勝。
「儲かっている」でもう1勝。

後藤 サイボウズの働き方改革は青野さんから見て、成功していると思いますか?

青野 進歩はしていると思いますが、まだ成功とは言えないですかね。ずっと試行錯誤しながら続けています。

後藤 そもそも働き方改革って、どこまでやれば成功と言えるのでしょうか?

青野 私はシンプルに「みんなで集まって働くことが楽しいかどうか」を問うべきだと思っています。楽しければ成功、楽しくなければ失敗。

お金が儲かったとしても、楽しくなければ人生の時間が無駄になってしまうと思うんです。「お金をもらったからストレス解消に飲みに行こうぜ!」って、職場として成功している感じがしませんよね。

後藤 なるほど! 「楽しくないけど儲かっている」よりは、「儲かっていなくても楽しい」ほうが会社としてはいいと?

青野 まあ、究極的にはそう思いますよ。

後藤 ふ~む。

青野 儲かってうれしいのは、その後にお金を使って楽しめるからですよね。欲しいものを買えるとか。だからイメージとしては「1勝1敗」なんです。

会社が楽しければ、まずはそれで1勝できていますよね。さらに儲かっていたら2勝。これがやっぱり一番いいかな(笑)。

後藤 「多様性を重視する」というのはその状態に限りなく近づけていくことなんですね。

青野 社員が100人いれば、100通りの楽しみ方があると思うんです。「僕はこの技術を触っているだけで楽しい」「私はお客さまのところに行くのが楽しい」。そんな風に、いろいろな楽しみ方があるはずです。

後藤 「なぜ働き方改革をやるのか? それは社員全員が仕事を楽しめるようにするためである」。

……とても腹落ちできた気がします! アンツでもこの考え方を浸透させていきたいです。

青野 アンツのみなさんも 「俺たちはみんな同じアリだから」と思っているかもしれませんが、実は1人ひとりが違うはずです。だからぜひ、「自分はどんなアリなんだろう」と考えてみてほしいですね。それが「画一性から多様性へ進化する」きっかけになると思いますよ。

社員が100人いれば、100通りの楽しみ方があると思うんです。「僕はこの技術を触っているだけで楽しい」「私はお客さまのところに行くのが楽しい」。そんな風に、いろいろな楽しみ方があるはずです。

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