ワークスタイル11
株式会社 京屋染物店

社長にはもうついていけませんー疲弊した老舗企業が「残業ゼロ」で最高益を更新するまで

「うちみたいなアナログ企業で働き方改革なんてできない」という言葉をよく耳にします。2018年に創業100周年を迎える株式会社京屋染物店も、かつてはそんな企業の一つでした。

アナログで非効率な環境なため、深夜残業が当たり前で有給休暇も取れない…。頑張れば頑張るほど現場は疲弊し、「社長にはもうついていけません」と言われてしまう始末。

そんな京屋染物店は働き方改革に着手し、現在は17時に終業しながらも過去最高の売上を記録し続けています。改革の取り組みについて、代表取締役の蜂谷さんにお話を伺いました。

夜中の12時まで残業。頑張れば頑張るほど、社員が離れていった。

京屋染物店 代表取締役の蜂谷悠介さん。

京屋染物店は半纏(はんてん)や浴衣などを、オーダーメイドで作られていらっしゃいますよね。いきなりで恐縮なのですが、かつての京屋染物店は非常にブラックな企業だったとうかがいました。

はい。以前は売り上げを伸ばすことに必死で、社長の自分がとにかく一生懸命仕事を取りに行っていました。でも、染色や縫製という職人仕事は体力的にきつい仕事で。

自分が必死で仕事を取れば取るほど社員の残業が増え、有給休暇も取得できないような状況が続きました。当時は10時に帰るのが普通で、忙しい時は夜中の12時まで仕事をしていました。「家に帰るのは寝るためだけ」という人も多く、社内の不満は高まるばかりでした。

なるほど。そもそも、なぜ蜂谷さんはそんなに必死で売り上げを伸ばそうとしていたのですか?

私が必死だったのには理由があります。「絶望的な環境を打破しなければいけない」という強い危機感があったんです。

「絶望的な環境」とは?

悲しい話なのですが……実は、染物屋は衰退産業なんです。当社が創業した大正7年には全国約1万4000軒の染物店がありましたが、今では300軒にまで減っています。

そんなに激減してしまっているとは……。時代の流れとはいえ、驚きです。

京屋染物店が作った手拭バック。一つひとつ手作業で作っている。

さらに悲しいことに、私たちが事業を行なっている岩手県一関市は、「人口減少率」で全国2位になっており、国からは「消滅可能性都市」に指定されています。

染物産業自体も衰退しているし、自分たちの街も私たちの孫の代にはなくなっているかもしれない。「この状況をなんとか打破しなければ」と必死でした。

だけど社長が必死になればなるほど、現場にしわ寄せがいっていたのですね。

そうですね。社内の雰囲気は殺伐としており、十数人の小さな組織なのに、部署間のコミュニケーションも満足に取れない状況が続きました。そんな状態で、仕事が円滑に回るはずがありません。

ギリギリの中で仕事をしているのでミスも多く、やり直しがあるたびに「せっかく作ったのにまた同じ作業をするのか……」と雰囲気が暗くなりました。ただでさえ忙しい中にやり直しの作業が入るので、そのたびに仕事がさらに詰まるという悪循環だったんです。

なるほど……

そんな日が続いて、社員からはとうとう「社長にはもうついていけません」と言われてしまいました。社員を幸せにできていなかったので、当然といえば当然かもしれません。

社員からそう言われるのはつらいですね。

社長って孤独っていうじゃないですか。あの時は本当に孤独で。絶望の真っ暗闇でした。「この環境を変えたい」と思って一生懸命頑張っているのに、誰もついてこない。「会社のことを真剣に考えている人間は俺しかいないんじゃないか」と思った時もありました。

また、当時は社員が自分で判断して動くのではなく、社長の私に判断してもらわないと次に進まないということが多く、私の判断待ちが仕事をストップさせていました。

そのため、「社長のせいでまた残業しなければならない」という不満が募り、社員VS社長という対立が生まれやすい状況だったのだと思います。

みんなの思いと目標を集め、「10年年表」に

そうした絶望的な状況を、どのようにして変えていったのでしょうか?

まずは、「自分たちが何のために働いているのか」を考え直さなければいけないと思いました。それも私だけで考えるのではなく、みんなで話し合う必要があると。

命令されてやっている仕事ではやりがいがありません。社員一人ひとりが何を実現したくて働いているのかを見つめ直さないと、この悪循環から抜け出せないと思いました。

チームみんなで協力するためにも、一人ひとりが「私はこうなったら幸せです。だからこそ、こういう会社にして、こういう仕事をしたいです」と言える環境を作ろうと考えたんです。

その話し合いは、どのように進めたのでしょうか?

まず、個人の叶えたい夢や目標を出し合います。みんなからは、「年に一度は海外旅行に行けるようになりたい」「年収1000万円を超えたい」、「三代目 J Soul Brothersの手ぬぐいを作りたい」といった様々な夢を聞くことができました。

その時に聞いたみんなの夢は、「京屋染物店10年年表」にまとめてあります。

京屋染物店10年年表には、「2018年 毎日会社見学の依頼がくる」「2019年 世界の有名人が京屋の商品を身につける」「2025年 京屋の書籍が出る」など様々な目標が掲げられている。

みなさん、色々な目標がありますね(笑)

はい。次に、人生の大半を過ごす職場で、どんなことを実現すれば一人ひとりの夢や目標が叶うかを話し合いました。

みんなからは、「染物店の伝統を絶やさないこと」、「若い人にも技術を伝承すること、「日本文化を世界に発信すること」といった声が上がりました。そういったみんなの声を集めて、「京屋染物店は世界一の染物屋を目指す」というゴールを決めたんです。

社員ひとり一人の目標を軸にして、会社のゴールを決めたのは面白いですね。

そうですね。当時は殺伐とした雰囲気だったので、先に会社の目標だけを話し合っていたら、何の意見も出てこなかったと思います。

この話し合いをしてからは、「会社を良くすることが、自分たちの夢の実現に繋がる」ということが明確になったので、社員が自らの意志で物事に取り組むようになりました。社長や上司が指示を出さなくても、自分たちで考えて行動するようになったんです。

みんなの気持ちが一つになったんですね。

試行錯誤の日々。ツールの導入が社員の意識をさらに変えた

とはいえ、気持ちを一つにするだけではブラックな状況を変えられません。部署間の工程管理をスムーズにし、注文の取りこぼしやミスをなくすためのアクションにも着手しました。

具体的にはどのような取り組みをしたのでしょうか?

最初は、アナログで「各部署のタスク共有」ができないか試しました。大きな模造紙を部署ごとに区切り、作業内容を書いた付箋を貼っていっていたんです。注文が確定したものから付箋に「半纏10着 納期いつまで」と貼って、終わったものから次の部署に移動していきます。

ふむふむ。

でも、すぐに問題点が浮上しました。これではただタスクの名前が書いてあるだけなので、具体的な内容や作業量がわかりません。ましてやみんな忙しいので、付箋が剥がれて下に落ちていても気がつかない。

手軽にできる一方で、アナログな方法には限界もありますよね。

はい。そこで、100万円をかけてタスク管理のシステムを入れました。しかしこれも不評で。

最初に仕様をガチッと決めて構築してしまったので、日々システムを使っていくうちに現場から出てくる「ここをもっとこうしてほしい」という要望に応えられなかったんです。

要望を反映させようとしたら、システム会社にお願いして納品は数ヶ月後になる。システムが使いづらいままなので、100万円もかけて導入したにも関わらず、徐々に活用されなくなっていきました。これもすごく辛かったですね。

せっかく導入したのに……。「使いながら調整していく」ということを考えると、システムありきでは難しい部分もありますね。

はい。付箋もダメだったし、お金をかけたシステム導入も失敗した。「もうどうすればいいのかわからない」という絶望的な状況の中で出会ったのが、kintoneです。

kintoneは、プログラミングの知識がなくても簡単に業務に必要なシステムが作れるサービスですよね。

はい。クラウド上で情報共有をするようになってから、うちの会社は180度ガラっと変わりました。

どのような変化があったのか、詳しく教えていただけますでしょうか。

リアルタイムで各部署の「忙しさ度合い」が見えるようになって、社員の意識が大きく変わり、「助け合い」の風土が自然と生まれるようになりました。

というと?

こちらが工程管理のグラフです。このグラフを見れば、「今は裁縫部門が大変だ」という具合に、どの部署に仕事が溜まっているのかが一目でわかるようになっています。

以前は、営業・デザイン・染色・裁縫の4部門の間には「他の部署を助ける」という感覚が全くと言っていいほどありませんでした。他の部署がどれくらい忙しいかなんて見えていなかったので、みんな「部門ごとに各自が頑張っていれば会社は良くなるだろう」と考えていたんです。

みんな自分の仕事しか見ていなかったと。

はい。でも、こうしてタスク状況を共有するようになってからは、社員が「今日は裁縫部門が忙しいんだな。何か助けてあげられることはないかな」と自発的に動けるようになったんです。これには驚きましたね。

すごいですね。「忙しさ」を共有するだけで、そんなに変わるとは。

効果はこれだけではありません。「忙しさ度合い」を共有するだけではなく、「結果」も全社員に共有するようにしたところ、社員のモチベーションが上がってより意欲的に仕事に取り組むようになりました。

京屋染物店では、その日の売上や固定費、お客様の声などが全社員にリアルタイムで共有されている。

「結果」とはすなわち、会社の利益やお客様からの声などです。日々いくら売り上げているか、固定費がどれくらいかかっているか、お客様がどんな風に私たちの製品を使っているか。それらを全て、クラウド上で共有するようにしました。

つまり、良くても悪くても、儲けや結果がすぐわかる。社員は自分が頑張った結果が見えるようになるので、モチベーションがどんどん上がっていきます。

モチベーションが上がった社員たちは、自発的に業務改善を始めるようになりました。「こうなったらいいのになあ」なんて誰かがぼやいていたら、「こうすればいいんじゃない?」という声が上がっていきます。

kintoneの場合、「こうしたらもっと使いやすくなる」と思った時に、現場でもシステムをすぐに変更できるので、みんなの改善意欲がどんどん高まっていくのを感じました。

すごいですね。

思い返してみれば、私がこれまで孤独に感じていたのは、会社の売上や課題が見えているのが自分だけだったからかもしれません。今は、クラウド上で全員が会社の現状や課題を把握しているので、みんなが会社を良くしようとしてくれているのを感じます。指示ゼロ経営ですね。

17時に終業、過去最高の売り上げを更新

クラウド上で忙しさ度合いや売り上げなどを共有することによって、社員の方が積極的に業務改善に取り組むようになったのですね。風土が変わると、働き方も変わっていくのでしょうか?

はい。工数が見える化され、計画的に受注できるようになったので、これまであった注文の取りこぼしやミスがなくなりました。

今では定時の17時にはほとんどのメンバーが終業しており、有休もバンバン使えるようになっています。

深夜残業が当たり前の状況から17時終業とは、驚くべき変化ですね!

本当に変わりましたよね(笑)でも、ただ早く帰れるようになっただけではありません。改革を始めてから、部署間の工程と結果が見えるようになり、余計な在庫を持っておく必要がなくなったので、キャッシュフローが大きく改善されました。

売上にも絶大な効果があり、実は改革を始めてからの繁忙期の売上は例年の1.5倍で、過去最高を記録しているんです。

業務改善をして働き方が変わっただけでなく、売上も上がっている…!素晴らしい事例ですね。

本当にブラックな状況は無くなっているのか?現場社員に直撃!

デザイナーの三浦真衣さん

ここからは本当に働き方が変わったのか、現場社員の方に直撃したいと思います。働き方改革をしてから、本当に残業は減りましたか?

減りましたね。以前は何事も紙で管理していて、案件の納期や進捗、金額などを把握するのに非常に手間がかかっていました。今はクラウド型データベースのkintoneで検索すれば情報がすぐ出てくるので、時短になったと感じています。

私はデザイナーなのですが、以前は仕事が詰まるとどんどん机の上に紙が積もっていました。どの優先順位で取り組めば良いのかもわからなくて、半泣きで仕事をしていて。今はkintoneを見れば案件ごとの納期がリアルタイムでわかるので、自分で優先順位をつけることができ、余裕を持って仕事ができています。

本当に働き方は変わっているみたいですね。

はい。かつてはがむしゃらに仕事を入れ続けるしかなかったんですが、今では余裕を持って仕事ができるので、7割稼働でもやっていけるような状態になりました。あの絶望的な状況からは信じられないくらい変わって、まさに「みんなで未来を創れる会社」に生まれ変わったんです。

かつての京屋染物店のように、アナログな体制のまま変わることができず、悩んでいる中小企業はまだまだ多いと思います。ぜひ蜂谷さんからメッセージをいただけませんか?

弊社はIT活用によって大きく変わりました。本当に良い会社になったと思います。しかし、IT活用はあくまで「より良い会社」にするための手段。場合によっては、アナログのままの方が良い時もあります。

働き方を変えたくて悩んでいる会社は、「全員で目指すゴールを決めること」から始めてみてはいかがでしょうか。IT活用かアナログかの議論は後です。まず全員で個人の夢を共有し、それを叶えるための会社全体のゴールを決める。目指す目標が自分のためでもあり皆のためでもあると分かれば、社員から積極的にアイデアを出るようになるはずです。

そして全体のゴールに向かうために、IT活用が必要な部分が明確になれば、納得度の高いIT活用が始まっていきます。事実、弊社ではkintoneの便利さを実感し始めた社員たちが積極的に業務改善に取り組むようになっています。

今年からは、場所や時間に捕われない働き方も始まり、かつての京屋染物店では考えられない変化が起きています。私たちもこんな絶望的な状況でも変われたのですから、皆さんも一歩踏み出せるはずです。「どうせ無理」と諦めずに、社員全員で夢を叶えられる会社が一社でも増えること願っています。