イベントレポート
「デジタル植民地」からの脱却へ
三菱マテリアル板野氏、サイボウズ青野らが示すAI時代の日本企業の勝ち筋
生成AIの急速な普及により、日本企業の情報システム部門(情シス)はいま大きな転換点を迎えている。現場の業務効率化にとどまらず、組織の知を経営に結び付ける役割が求められる中、サイボウズ主催のCIO・情報システム部門責任者向けのイベント「CIO Round Table 2026」が2月19日に開催された。テーマは「ミドルアップダウン・マネジメントで再構築する日本企業の未来」。登壇者の講演とディスカッションを通じ、現場の知をどう経営に生かすかが議論された。
- 日時
- 2026年2月19日(木)
- 会場
- 赤坂インターシティコンファレンス
- 主催
- サイボウズ株式会社
- 対象
- 経営者、役員、CIO/CDO、DXを牽引する意思決定者および情報システム責任者
「デジタル植民地」から脱却する鍵は、現場主導の「強い日本」の再構築
イベントは、サイボウズ代表取締役社長である青野慶久のオープニングスピーチで幕を開けた。青野は、AI活用で日本企業が欧米に後れを取らないためには、強力なトップダウンでなく、日本型組織の強みである「ミドルアップダウン・マネジメント」を取り戻すべきだと訴えた。
ミドルアップダウン・マネジメントとは、中間管理職が現場の活力を引き出し、その知恵を経営層や他部門へとつなぐ組織モデルである。青野はこの機能が現在の日本企業では失われつつあると指摘し、次のように語った。
「2000年以降、内部統制の強化によって縮小してしまった現場の裁量を取り戻し、現場がノーコードツールなどを主体的に活用できる環境を整えることが重要です。
現場が自ら改善に取り組み、その成果をクラウド上の1つのプラットフォームに集約することで、『現場の自律性と全体ガバナンスの両立』が実現できると確信しています。ビッグテックへの過度な依存という『デジタル植民地』状態から脱却するためにも、現場主導で『強い日本』を再構築することが必要です」
サイボウズ 代表取締役社長 青野慶久
ERP導入を阻む日本特有の「複雑さ」と「完璧主義」
続いて特別ゲストとして登壇したのは、「日経クロステックが選ぶCIO/CDOオブ・ザ・イヤー2025」で大賞を受賞した三菱マテリアルCIO兼システム戦略部長の板野則弘氏だ。
板野氏もまた、日本がデジタル植民地化している状況に強い危機感を示し、IT部門はテクノロジーという専門領域に閉じこもるのではなく、ビジネスや社会の文脈まで視野を広げて選択肢を検討すべきだと指摘した。
その上で、IT部門の本来の役割について、エンタープライズアーキテクチャ(EA)※2の4レイヤー(ビジネス、データ、アプリケーション、テクノロジー)を用いて解説した。
「本来、この4レイヤー全てを担うのがシステム部門です。しかし2000年以降、パッケージやSaaSの普及により情シス(情報システム部門)は使い手側に寄りすぎ、上位概念である『ビジネス』や『データ』の設計が抜け落ちているのではないでしょうか。DX推進には4レイヤーを包括的に見る視点が不可欠です」(板野氏)
さらにIT戦略においては「ガバナンス」と「シナジー(相乗効果)」を柱に据えることが重要だと強調した。
「多くの企業はガバナンスを重視しますが、見落とされがちなのが、お互いにメリットが生まれ、それを実感できるというシナジーです。どれほど立派なガバナンスがあっても、従業員が『自分にメリットがある』と感じなければ施策は続きません。メリットの実感をどれだけ生み出せるかが勝負です」(板野氏)
また、板野氏は、IT戦略の実行において、日本企業でERP(統合基幹業務システム)の導入が難航しやすい構造的背景についても言及した。
理由の1つ目として挙げたのは、経営者と現場の認識の乖離だ。米国の社長がERPを「経営判断のための道具」と捉えるのに対し、日本の社長は「現場の効率化ツール」と誤解しがちだと板野氏は指摘。「ERPの本質は経営側がデータを把握するための仕組みであり、単体で現場の生産性を上げるものではありません。ここを誤解するとプロジェクトに大きな影響が出ます」と警鐘を鳴らす。
また、日本企業は顧客ニーズに合わせて商品数やバリエーションを増やす商習慣があり、欧米と比べて対応パターンが圧倒的に多い。そのため標準パッケージの適用が難しくなるという。それに加えて、日本特有の完璧主義も障壁となる。全てが完璧にそろわないと本番環境へ移行しないため、稼働直前の落とし込み作業が極端に重くなると板野氏は指摘した。
「日本と海外の違いを理解せずに海外製の標準パッケージを当てはめようとすると、プロジェクトは難航します。問題の多くはシステムではなく、その外側にある文化や構造に起因するのです」
三菱マテリアル CIO 兼 システム戦略部長 板野則弘氏 ※肩書は2026年2月時点
DX推進に必要なトップダウンとボトムアップの両輪
続いて板野氏は、「DX推進にはトップダウンとボトムアップの両輪が欠かせない」と強調した。トップダウンでは、現場が当事者意識を持って「自分事化」できるかが成否を分ける。外部の有識者やエース人材を招いても、現場が腕組みして「お手並み拝見」の姿勢では前に進まない。変革は仕組みを整えれば完了するものではなく、現場が主体的に動くことで初めて実を結ぶ。プロジェクトを自分たちのものとして捉えてもらうことが不可欠だという。
一方、ボトムアップでは、挑戦する若手を孤立させないために、マネジメント層が「予算」「学習環境」「専門家の伴走」「デジタルツール」という4つの基盤を整える必要がある。予算は個人に責任を負わせないかたちで確保し、若手が自ら学べる環境を用意する。初動では専門家の寄り添いが不可欠であり、専門家が離れた後も支え続けるのがコミュニティーの役割だ。
人手不足の現場では、挑戦する若手が「好きなことをしている」と誤解され孤立しがちであるため、マネジメントの調整と仲間とつながる場(コミュニティー)の両方が必要になる。板野氏は「ボトムアップは現場任せでは育たない。マネジメントが仕掛けを作ってこそ動き出す」と補足した。
さらに板野氏は、DXの本質は「気づきの種」の可視化と、それを起点とした創造性の発揮にあると説く。変革テーマは簡単には生まれないが、デジタル化によってアナログ時代には見えにくかった気づきの種が浮かび上がり、新たな価値創出につながるという。
具体例として紹介したあるスーパーマーケットの事例では、AIによる自動発注によって業務の90%が効率化された一方で、残り10%のうち8%は地場イベントや気候など「人の勘」が必要な領域であり、さらに最後の2%はAIでは代替できない「人の意思」による発注だったという。そして、人の意思による発注2%が売り上げの20%、利益の30%を生み出すことに関与していた。つまり、効率化だけでは利益は伸びず、価値を生むのは人の創発であり、効率化によって生まれた時間が創発を促すということだ。
「多くの企業ではDXが既存業務の効率化に偏りがちです。しかし本来目指すべきは、既存の強みを磨き上げて効率を高める『知の深化』と、新たな価値やビジネスを創出する『知の探索』を両立させる、『両利きの経営』の実現なのです」(板野氏)
板野氏は講演のまとめとして、日本の勝ち筋について言及した。日本の強みは現場を支える従業員が国際的にも高い基礎能力を備えていることであり、「平均値の高さから生まれるマスの力」と最新ツールを組み合わせ、他国にはないボトムアップ型の組織文化を生かすべきだと力説した。さらに、組織を活性化するにはスキルとモチベーションの掛け合わせだけでは不十分であり、上司が意図的に「考える時間」を与えることが必要だと提言し、講演を終えた。
サイボウズ流「現場の創意を経営に生かすAI活用戦略」
最後に登壇したサイボウズCIOの鈴木秀一は、「AIプロジェクトの95%が成果を出せていない」という米マサチューセッツ工科大学の調査結果を引用し、その背景を次のように説明した。
「従来型の『情シスで正解を決め、現場が使う』という構造を生成AIの活用に当てはめてしまうことが、成果が出ない最大の原因といえるでしょう。生成AIは『現場で改善しながら使う』技術です。成果を出すには、改善の責任を現場に持たせる組織設計が必要です」
サイボウズ 執行役員 CIO 鈴木秀一
サイボウズも、当初は安全に生成AIを使ってもらうために厳しいガイドラインを設けた結果、現場の意欲を削いでしまう「95%側」に陥っていたという。転機となったのが、カスタマー本部が主導で進めた生成AIの活用プロジェクトだった。
このプロジェクトにおいて情シスは、リスクの観点から現場の積極的な動きに対して「どう止めるか」を考える守りの姿勢から、リスクをコントロールしながら、現場の創意工夫を「どう後押しするか」を考える伴走者の姿勢へと転換した。頭ごなしに禁止するのではなく、リスクを可視化するための「問い」を現場に投げかけ対話を重ねたことで、現場が自ら工夫し、リスク対策を論理的に説明できるようになったという。この背景には、サイボウズに根付く、裁量と責任をセットで持たせる「自主自律」の文化があった。
結果として、同プロジェクトを通じた生成AI導入は、現場において月450〜650時間の業務時間削減に加え、人の頭の中にあった暗黙知の言語化(プロンプト化)を通じて組織の形式知を引き出すという大きな成果をもたらした。現場の知が組織の資産として再利用可能になり、学習のサイクルが回り始めたのである。
鈴木はこうした経験を踏まえて、これからのCIOや情シスの役割を「振り子」に例えた。
「振り子の片側は『現場主導』。学習スピードは速いがリスクもある。反対側は『中央統制』。安全だが創意工夫を潰す恐れがある。情シスはどちらかに固定するのではなく、状況に応じて振り子を動かし続ける必要があります」
生成AI時代のガバナンスは「守り」ではなく「挑戦を成立させる」ことが求められる。現場に寄り添う伴走者として、自律的な学習と改善の仕組みを設計することが、新しいリーダーの役割だと語り、鈴木はセッションを締めくくった。
現場の知を経営に結び直す、ダイアログセッション
鈴木のセッションに続き、参加者同士の対話を通じて理解を深めるダイアログセッション「現場の知を経営に結び直す、情報システム部門の使命」が行われた。ファシリテーターを務めたのは、サイボウズ 執行役員 エンタープライズ事業本部長の玉田一己である。
玉田は同セッションの開催意義について、「現場に眠る暗黙知をいかに形式知化し、全社的な意思決定と連動させていくか。参加者の皆さまとともに、この問いについて議論を深めたい」と語り、参加者を交えた議論がスタートした。
ディスカッションは、前半に「AIの取り組み/ガバナンス」、後半に「IT部門・DX部門の融合と距離感」という2つのテーマを据えて進行した。AI活用を広げていく際の統制の在り方や、挑戦を阻害しないガバナンス設計の重要性について、参加者それぞれの立場から意見が交わされたほか、IT部門とDX部門の役割分担や連携についても議論が及び、組織内に存在する距離感をいかに乗り越えていくかという課題が共有された。
現場の試行錯誤を経営視点でどう束ねるかという共通課題が、活発な対話を通じて浮き彫りとなった。会場では、うなずきや笑いが起こる場面もあり、ダイアログセッションは大きな盛り上がりを見せた。
現場の知を起点に、AI活用と組織変革をいかに前進させていくのかー 情報システム部門が果たすべき役割を、多角的な視点から捉え直す貴重な機会となった。