企業連携

【Vol.1】なぜIT企業のサイボウズが「学校」を作ったのか?〜理想と事業性のリアル〜

はじめに

近年、不登校の子どもは増加傾向にあり、「学校以外の学びの場」の必要性が高まっています。

一方で、子どもの居場所やフリースクールの立ち上げ・運営には、場所の確保や人材、事務負荷、そして収益性など、乗り越えるべき現実的なハードルがいくつもあります。

私たちサイボウズは、こうした課題に向き合いながら、東京都・吉祥寺で小学生向けのフリースクール「サイボウズの楽校」を立ち上げました。

なぜIT企業が「学校」をつくるのか。
そして、理想を掲げるだけでは前に進まない"事業性のリアル"にどう向き合ってきたのか。

全3回の連載の第1回となる本記事では、設立の背景と立ち上げプロセス、そしてぶつかった壁を、できる限り具体的にお伝えします。

楽校の立ち上げ・運営のリアルを、社内検討に使える形で整理した「企業ではじめる"子どもの居場所"最初の一歩ガイド​」をご用意しました。立ち上げの壁、収支の考え方、運営のDXまで、検討に必要な要素をまとめています。

企業ではじめる"子どもの居場所"最初の一歩ガイド​のご案内

企業がこれから子どもの居場所を社内検討に使える形で整理した「企業ではじめる"子どもの居場所"最初の一歩ガイド」をご用意しました。

新規事業や新たなCSR活動の最初の一歩としてご活用いただける内容です。

最初の一歩ガイドをダウンロード

背景:個人の課題が、社会と企業の課題へ

サイボウズの楽校はなぜ生まれたか

娘が学校に行かなくなったことから、サイボウズ社員の前田の挑戦は始まりました。

「このままだと授業についていけなくなるかもしれない」
そんな心配を抱えながらも、ドリルを買い、地域のコミュニティセンターのロビーで娘と一緒に勉強を始めます。センターを訪れていたおばあさんから「あら、えらいわね」と声をかけられたことが、少しの勇気になりました。

子どもの居場所となるような場所を借り、ママ友にも話してみると、「実はうちの子も学校に行き渋ることがあって」と相談を受けるようになりました。同じような悩みを持つ家庭は、思っていた以上に身近にありました。

そこで、同じ悩みを持つママ友や子どもたちにも声をかけ、子育てについて語る集まりを企画してみます。しかし、ただ集まるだけでは「何をするか分からないと参加しづらい」「活動内容が決まっていたほうが良い」という反応がありました。

そんな声を受けて前田は、「子どもたちが集まるための"明確な目的(コンテンツ)"が必要だ」と考えます。今できることとして、他のお母さんたちとコミュニティセンターの部屋を借り、不登校の子どもたちの居場所を開いてみました。

チラシを作り近隣の学校に配布を依頼し、コミュニティセンターを運営している地域のNPOとつながり、「共催事業」として無料で場所を借りられるようになりました。

サイボウズの楽校はなぜ生まれたか

ただ、無料なら人が来るわけではありません。費用をかけてでも質を上げたほうが、親も子も期待を持って参加してくれる。そんな現実にも直面します。運営の難しさと工夫を重ねながら、少しずつ仲間が増えていきました。

その頃、前田が自分の状況を上司に話す機会があり、教育に関心があった上司は「それなら会社として一緒にやってみませんか?」と提案します。そこで「サイボウズらしいワクワクする子どもの学び場を創ろう」プロジェクトが立ち上がり、視察などを繰り返していきました。

サイボウズは、企業として学校現場を支援する活動も行っており、前田もその活動に関わっていましたが、外部からの支援という形ではなく、上司からの「(学び場を)作ってみようか」という、自分たちでゼロから作るという発想に驚き、最初は耳を疑いました。

設立プロセス:ビジョンからつくる

それまで視察を行っていた今治高校やFC今治の関係者、外部のプロジェクトマネージャー、3rdschoolの仲間たち。
多様な人々との出会いと協力が、フリースクール設立の大きな力となりました。
3rdschoolは吉祥寺にある子ども向けのITものづくり教室です。

1)ビジョンの設定

フリースクールを設立するにあたって様々な人に相談しながら、助言をいただきつつ、ビジョンを定めました。こだわったのは「オフラインのスクール」と「チームワーク」です。

その中で生まれた「わたしも、あなたも楽しい」という言葉が、今のサイボウズの楽校を支えるビジョンになっています。

サイボウズは楽しさを大切にしています。そのような私たちだからこそ、学校や勉強にも楽しさを。そして私もあなたも楽しい場を一緒に作っていこう、という思いを込めました。

この「あなた」には、子ども、先生、保護者、学校に関わるいろんな人たちを表現しています。大人が子どもに楽しい場所を作ってあげるというより、一緒に作ろうよ、というイメージです。

サイボウズの楽校の教育ビジョンもブラッシュアップをし続け、「仲間と共に、道を拓く人を育む」としました。

サイボウズの楽校はなぜ生まれたか

2)カリキュラムの作成

授業は、文科省が定める学習指導要領を参考に作成したカリキュラムと独自の内容を組み合わせて実施。年齢に合わせた科目に加え、楽校だからこそ得られる学びを目指して時間割を組んでいきました。

3)プレ開校の実施

説明会を実施し、その後5日間のプレ開校を実施。実際に子どもたちが過ごす姿から、運営のイメージを具体化していきました。

ぶつかった壁:理想だけでは続かない"事業性のリアル"

サイボウズの楽校はなぜ生まれたか

立ち上げを進めるなかでは、いくつもの壁がありました。

中でもインパクトが大きかったのは、「場所(固定費)」と「収益性」です。

① 場所確保(固定費の重さ)

フリースクールの物件を探し始めました。幸運なことに、3rdschoolは夕方から授業がスタートするため、昼間の時間に教室を借りられることになり、サイボウズの楽校として活用させていただけることになりました。

ただ、場所のまた貸しはできないため、会社の法務に相談し、不動産屋さんに同居届を申請するなど、調整には工夫と労力が必要でした。

フリースクールの継続性を左右するのは、志や運営努力だけでなく、固定費(賃料)をどう設計するかでした。結果的に場所は確保できたものの、適切な場所探しには大変な手間がかかりました。

② 先生探し・カリキュラムの作成(専門性と体制)

教育を担う人材の確保は簡単ではありません。今回は元教員でもある3rdschoolの先生に兼務していただき、子どもが自分で選択することを大事にする考え方をベースに、カリキュラムづくりも進めていきました。

教育には、安心・安全の担保と、知的好奇心を刺激する授業設計の両立が求められます。また日々の運営における安全管理も不可欠です。教育の質は"人"に依存しやすく、カリキュラムの作成やそれらをサポートする運営体制づくりが最初の大きな山になります。

③ 運営の難しさ(見えない管理が現場を圧迫)

楽校の運営は、授業だけでは回りません。

子どもの情報管理、子どもの日々の様子の記録、行事の運営管理、収支計算、保護者との連絡、在籍校との連絡、時間割づくり、授業日報作成など、事務作業は多岐にわたります。少数精鋭での運営は、スタッフ一人ひとりの業務密度を高め、結果として情報共有のボトルネックを生じさせます。

不可欠な事務オペレーションが優先される中で、子どもたちの詳細な状況や変化をいかに漏らさず共有するか。業務効率と教育の質のバランスが、喫緊の課題として浮上しました。

④ 高額な月謝の設定、それでも赤字

サイボウズの楽校のおおまかな収支は以下のとおりです。

  • 月謝収入:約70万円(生徒×10万円)
  • 支出(運営費):約130万円(人件費・場所代・備品等)
  • 赤字分約60万円(サイボウズが負担)

一般的なフリースクールとしては高額な月謝となりましたが、良質な教育の提供に人件費は欠かせません。また、子どもたちの安全な居場所を確保するために場所代も必要です。都内ではこれらの費用が重く、結果として一人当たり10万円程度が必要だと考えています。現時点では赤字です。

月謝を上げれば解決するわけではなく、「場所代・人件費」が構造的に重い以上、収支モデルを別角度で設計する必要があります。

それでも続ける理由:利益だけでは測れない価値とは

サイボウズの楽校はなぜ生まれたか

こうした壁を乗り越え、2024年4月、サイボウズの楽校の1期がスタートしました。

現時点では、事業としては赤字です。月謝も決して安くはありません。それでもサイボウズは、楽校を続けています。

なぜ続けるのか。理由は一つではありません。

まず、社会的必要性が揺るがないからです。学びの多様性が求められるなかで、不登校を含む「既存の学校になじみにくい子」に合う場を増やすことは喫緊の課題です。

次に、サイボウズのパーパス「チームワークあふれる社会を創る」と直結しているからです。楽校はその実地フィールドであり、子どもが「自分らしさを大切にしながら協働する力」を育む設計になっています。

さらに、現場の実装知が積み上がっているからです。カリキュラムや教科横断・体験重視を特徴とする学び場の運営が回り始め、短期で代替しづらい「現場資産」が蓄積されています。kintoneを活用した日々の学び・連絡の可視化により、子ども・保護者・スタッフが"チーム"として機能する運営モデルも磨かれつつあります。

そして、フリースクール等がITでコミュニケーションを円滑化するモデルケースとして、他地域・他団体でも再現できる形での横展開を目指しています。

こうした価値が見え始める一方、立ち上げと運営を続ける中で、継続性を最も左右する要因もはっきりしてきました。それが、やはり「場所(固定費)」でした。都心部では賃料負担が大きく、収支の構造課題になりがちでした。

もし、企業が持つ空きスペースや遊休施設が、地域の子どもたちの居場所に変わるとしたら。
そのとき、事業性のリアルはどう変わるのか。

サイボウズの楽校はなぜ生まれたか

次回、サイボウズの楽校が始動!運営の現場で何が大変でどこを改善できるのか

フリースクールの「運営のリアル」をもう一段具体的に掘り下げます。

【Vol.2】収益性と学校運営の両立の難しさ

企業ではじめる"子どもの居場所"最初の一歩ガイド​のご案内

企業がこれから子どもの居場所を社内検討に使える形で整理した「企業ではじめる"子どもの居場所"最初の一歩ガイド」をご用意しました。

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