イベントレポート
EVENT REPORT/Gartner CIO Leadership Forum 2026
現場力を組織力へ変える、AI時代の権限委譲とガバナンス
生成AIの普及によって、現場が自ら考え、動くスピードが問われる時代になった。トップダウンで全てを決める経営では、もはや現場の知恵を活かしきれない。2026年7月9日、ウェスティンホテル東京で開催されたGartner Japan主催「Gartner CIO Leadership Forum 2026」に、サイボウズ代表取締役社長の青野慶久が登壇した。CIOやシニアITエグゼクティブを対象に、テクノロジー・リーダーシップ、経営層との連携を議論する本カンファレンスで青野は、自社の経験を交えながら、権限委譲とガバナンスを両立させる組織づくりについて語った。
- 日時
- 2026年7月9日(木)
- 会場
- ウェスティンホテル東京
- 主催
- Gartner
- 対象
- CIO、シニアITエグゼクティブ、DXを牽引する意思決定者、情報システム責任者など
サイボウズ 代表取締役社長 青野慶久
技術は「統制の道具」ではなく「現場の相棒」
セッションの冒頭、青野が切り出したのは技術観そのものの見直しだった。「AI時代に日本企業が競争力を高めるには、技術を導入するだけでは足りません。現場の知見や主体性を引き出せる組織づくりが欠かせないのです」と語る。
この言葉の背景には、サイボウズ自身の苦い経験がある。「かつてはトップダウン型の経営で組織が停滞し、離職率が28%に達した時期がありました」と青野は振り返る。そこで同社が選んだのは、働き方や業務上の裁量を現場に委ねる一方、情報公開と組織への貢献を求める仕組みへの転換だった。権限委譲とガバナンスを同時に進めたこの取り組みが、組織の立て直しはもちろん、自社クラウドやkintoneの開発にもつながったという。
なぜ、日本企業には「相棒としての技術」という発想が必要なのか。青野は日米の違いをこう説明する。「人材流動性の高い米国では、技術は統制や自動化の手段として使われやすい。一方、長期的に現場へ知見を蓄積してきた日本企業では、人に代わるものではなく『現場の能力を拡張する相棒』として技術を捉えることが重要です」
実際にこの発想を体現する企業として、いくつかの大企業の名を挙げた。ある企業では現場主体の開発とIT部門の支援が進み、ある企業では現場経験者を生かしたアプリ開発の取り組みが進んでいるという。
日米比較:日本の現場力を活かすため、技術への向き合い方を再定義する(登壇資料より)
権限委譲とガバナンスを“セット”で回す
現場の知見や主体性を組織の力へ変えるには、現場に裁量を渡すだけでは足りない。挑戦を促す権限委譲と、全体最適を支えるガバナンスを両輪で回す必要がある。では、現場には具体的に何を委ねるのか。青野は3つを挙げる。自由に試せる「ツール」、小さな挑戦を即断即決できる「予算の決裁権」、そして改善活動を業務として行うための「時間」だ。ただし、ここには一つの前提があると青野は付け加える。「ツールを無制限に増やすのではなく、その後の管理や全社展開まで見据えて共通の基盤を選ぶことが前提です」
野良アプリやデータの乱立という懸念に対して、青野が示す答えは意外にもシンプルだ。「共通のクラウド基盤に現場を引き込めば、各部門で作られたアプリやデータを情報システム部門が把握できます」。そこから踏むべき順序が重要だという。まず現場の取り組みを「可視化」し、成果事例を「横展開」する。そのうえで、重複アプリやアクセス権限、データ管理などに応じてルールを整える。「この順序が、現場の活性化と全体最適の両立につながります」と青野は語る。
生成AIの登場は、この管理の重要性をさらに高めている。「アプリを作りやすくなっても、業務で使い続けるには認証、アクセス権、セキュリティ、保守運用まで含めた管理が欠かせません」と指摘し、「人とAIエージェントが協働する時代ほど、信頼できる基盤上でアプリやデータを管理する重要性は高まります」と続けた。
こうした変化は、情報システム部門の役割そのものも変えていく。「現場を制限するのではなく、安全性を確保しながら変革を支援する。比重で言えば『活性化7、ガバナンス3』くらいがよい」と青野は語り、情シスを「止める人」ではなく「加速させる人」と位置づける。
基盤となるクラウドに現場を引き込むことで「可視化」「横連携」「ガバナンス」を実現する(登壇資料より)
「質問責任」が主体性を育てる
ツールや裁量を現場に渡すだけでは、変革は動かない。「社員自身が課題を見つけ、改善に動くことが必要です」と青野は語る。そこでサイボウズが重視するのが、聞かれたことに答える「説明責任」に加えて、疑問や違和感を覚えた社員自らが問いを投げかける「質問責任」だ。青野はこう説明する。「業務上の問題や組織のルールに疑問を感じたら、陰で不満を言うのではなく、『なぜこの方法なのか』『より良い方法はないか』と組織に質問や提案をする。役職や立場にかかわらず意見を交わすことが、一人ひとりの主体性を引き出します」
とはいえ、疑問をそのままぶつければ単なる不満にもなりかねない。そこで青野が説くのが「事実」と「解釈」を分ける対話術だ。「いま起きている事実、目指す理想、その間にある課題を順序立てて示せば、個人的な不満ではなく、組織をより良くする提案として議論できます」と話す。
実際、社員の提案がきっかけとなって社内制度やルールが見直された例もあるという。
権限委譲とガバナンスの関係を、青野は「石垣」に例える。「一人ひとりの個性や強みを伸ばすのが権限委譲で、多様な人材を組織としてまとめるのがガバナンスです。個性を均一化せず、それぞれの特徴を生かして組み合わせることで、変化に柔軟な強い組織になります」
「自主自律」の文化を高めるキーワード「説明責任」と「質問責任」(登壇資料より)
セッションの最後、青野はこう締めくくった。「AI時代に必要なのは、技術で現場を置き換えることではなく、現場の知見と主体性を組織の力へ変えることです。権限委譲で一人ひとりの力を引き出し、ガバナンスで組織全体の力へつなげる。それが、日本企業の現場力を競争力に変える鍵です」